オーストラリアの歴史

オーストラリアの歴史は、アボリジニなくして語ることはできません。
先住民アボリジニが、オーストラリア大陸に定住し始めたのが、今から遡ること6〜4万年前。
ですから、オーストラリア大陸には、計り知れないほどの壮大な歴史が流れています。
しかし、ヨーロッパの歴史上で、オーストラリア大陸が知られるようになったのは、中世末期になってからのことでした。
しかも、当時は、まだ、「テラ・アウストラリス」と名づけられた、想像でしか存在しない大陸だったのです。
北半球にヨーロッパとアジアがあることは、既に知られていたので、南半球にも、重さのバランスを保つ大陸があるに違いないと考えられたようです。

それから300年が過ぎた15世紀初めの頃、ようやくオーストラリア大陸の歴史が動き始めました。
ポルトガル、オランダ、スペインが、「テラ・アウストラリス」を求めて、南太平洋に遠征隊を派遣したのです。
1606年には、オランダのヤンスが、とうとうヨーク岬に到達し、オーストラリア大陸は、いよいよ歴史の表舞台に登場し始めました。
17世紀以降、イギリスはオーストラリアに向けて、調査船を繰り返し派遣しました。
そして、1770年には、キャプテン・クックがシドニー郊外のボタニー湾へ上陸し、オーストラリア大陸に歴史的な第一歩を踏み出したのです。
キャプテン・クックは、そこをニュー・サウス・ウェールズと命名し、1770年8月に、イギリスが領有を宣言しました。
まさに、オーストラリアの新しい歴史が幕を開けた瞬間でした。

1788年、739人の流刑者が、オーストラリアへの最初の入植者として、イギリスから送り込まれました。
アメリカの独立によって、イギリスが罪人の流刑地を失ったため、オーストラリアを新たな流刑地としたのです。
最初の入植地はシドニーと名づけられ、その後、大陸内部へと入植地が広がっていきました。

アデレードで、罪人を入れない本格的な入植が始まったのは、1836年。
ここに、イギリスの南オーストラリア植民地が成立しました。
その後、1851年にビクトリア植民地、1856年にタスマニア植民地、1859年にクイーンズランド植民地が、次々に設立されていきました。
これと前後して、ゴールドラッシュが始まり、金を求めて世界中から人々が集まってきました。
オーストラリア連邦が、1900年にイギリスに承認され、1901年1月1日に、ついに新国家が誕生しました。
したがって、オーストラリア連邦としては、建国100余年という、まだ歴史の浅い国です。


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